『日常の小説』のそもそもの発端

 そういえば、忘れていました。
『日常の小説』のあとがきで書きたかったことのある程度は、昨日のエントリーで書いていたのですが、「あとがき」の中で触れていた
>ただ一つ言えることは……『エイプリルフールのウソもほどほどに』という貴重な教訓を得た、ということです。ええ。ああもう。
(『日常の小説』223頁5〜6行目)
についてです。
 blogをたどっていくと触れてある(はず)なのですが、六年前に出した同人誌版『親子丼』を、同人誌として出すことになった、そもそもの発端は、チャットで四月一日についたウソが、原因です。
『夏のコミケで、同人誌を出す』
 それを本気に取ったのが、若旦那こと備前伸光氏。あれよあれよという間に段取りを整えてしまいます。段取りだけ整ってしまい、逃げるに逃げられず、それならやってみるか、ということでやってみたら、悪のりしてしまい、文庫本サイズの同人誌に解説をつけて、帯までつける、ということになってしまいました。
 その解説を書いていただいたのが、鷹見一幸先生。帯に推薦文を寄せていただいたのが、銅大、西上柾の両氏、そして古谷俊一氏でした。今もそれぞれの分野で活躍しておられる方々ですが、古谷俊一氏が『日常の小説』執筆の最中にこの世を去られたことについては、すでに触れました。新盆も過ぎたことですし、機会があれば彼の墓前に報告に行きたいと、思っております。