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『日常の小説』出ています。

小説


 角川スニーカー文庫様からいただいた、文章書きとしてのお仕事でした。あらゐけいいちさんの漫画『日常』の、ノベライズです。
 どうしておいらがこのお話をいただくことになったのか……は、なんかいろいろあったのですが、おいらの視点でかいつまんで説明を試みると、

http://d.hatena.ne.jp/siidekei/20050812
 もう六年前かっ。『彼氏』と『彼女』の会話のみで書いたらぶこめ的な何かである、同人誌版『親子丼』をコミケにて上梓いたしました。これは、その筋な人にはそれなりに褒めていただいたのですが、この手の書き物を褒めるときの常套句である『んで、次は?』には応えることが出来ず、微妙に心苦しいものでした。でも、椎出筆遅いし。許されるよね?……と上目遣いでこびていたのですが(この三十代、キモイです)……許されませんでした。ちくちくいじめられていました。
 ボイスドラマになったり、専門学校の授業で紹介されたりと、想像外の動きを見せていた同人誌版『親子丼』ですが、どうやら、出版社の編集の方の目にも触れていたようです。というか、見せていたって鷹見せんせーがゆってました。あのオヤジ、とんでもねえです。そのとんでもないオヤジは、複数の編集の方に見せていたようなのですが(誰に見せたのかとか、怖くて聞けない)どうやら、角川スニーカー文庫の編集部の方々の記憶に残る程度には、インパクトがあったようです。
 でもまあこの時は、記憶に残る、程度にとどまっており。その後、しばらく何もなかったのです。
 ことが動き出すのは、2010年の夏。皆さんご存じの通り『日常』のTVアニメ化が発表され、アレをどーやってアニメにするんだ京都アニメーション、と騒がれ始めた頃。スニーカー編集部では、同時進行で『日常』のノベライズを考えていたようです。ガンダムのシリーズやマクロスFなど、角川スニーカー文庫はアニメのノベライズも積極的にやっているレーベルです。ノベライズのお話自体は、当然と言えるでしょう。
 それが、なぜか、おいらにノベライズの依頼が来ました。
 なんでっ!? というのが正直な感想でしたが、誰にノベライズを依頼するか、というのがだいぶ議論になったようです。その議論の中身は椎出の知るところではありませんが……同人誌版『親子丼』の文章を読んだ方が、もしかしたら椎出なら書けるんじゃないか、と推してくださったようです。七月に打診を受けて、鷹見せんせーの勧めもあって叩き台とするべく『日常』をテーマに掌編を一つ書きました。『日常の小説』に収められている『日常の「回転」』が、それです。二次創作とか原作付きとかの文章をまともに書いた経験があまりなかったので、『日常』の雰囲気をなんとか文字にしようと、結構苦しんで書いています。ごろごろー。
 しかし、この時は書いただけ、で終わっており(終わるのかよ!?)実際にスニーカー編集部の目に触れたのは、もうちょっと後です。九月の下旬だったと思います。この時には、編集さん(このときはYさんではありませんでした)から直接メールにてご連絡いただき、ちょこちょこと相談っぽいことをしています。
 正直言うと、この時はお断りしようと思っていたのです。
 文章書きを仕事にするつもりは、あまりありませんでしたし、一応今の仕事で食えてもいます(食うだけですが)。『日常』のノベライズが、かなり難しいことになるというのもこの時点ではわかっていました。
 で、メールの中で、こう書こうと思っていたのです。
(書き方次第では)『日常』の雰囲気を文章にすることは可能でしょうが、私の筆力では大変に難しいです。(メール本文大意)
 ところが。こう書いてしまいました。
私の筆力では大変に難しいですが、(書き方次第では)『日常』の雰囲気を文章にすることは可能です。(メール本文大意)
 逆だよ逆! それだと『俺に任せておきな。他の奴には無理だろうが、俺ならやってみせるぜ』って意味になっちゃうじゃん! アホだろ椎出!?バカなの!?死ぬの!?
 結局、断る一番のポイントで、絶対に引き下がれない状態にしてしまいました。しかし、覆水盆に返らず。
 その後、正式に担当としてYさんについていただくことになり、打ち合わせというものをやることになったのです。
 角川の、本社ビルで。(実はこの時、社長の井上氏とニアミス)
 ぎゃあああああああ。いろいろ、死ねる! 飯田橋駅にこういう形で来ることになるなんて思わなかったよ!つーか東京人多いなっ!女子高生とか女子大生とか!(他に人は見ていないのかこのおバカ)
 この打ち合わせの時にも、Yさんの(あるいはスニーカー編集部様の)考えを聞いた上で、場合によってはお断りする覚悟で上京したのですが、幸い椎出の思うように書かせていただけるというお話だったので、お受けしました。
 しかし、ここからが、地獄の始まりです。
 何せ、文庫本一冊の分量なんて、書いたことありません。椎出の文章は改行が多く、文字の密度自体は低いですが、それにしたって200ページ以上の文章を書くなんてのは大事です。
 ちょこちょこと書いては編集Yさんにメールで送信、ということを繰り返していましたが、年末には体調を崩したこともあり、筆が止まってしまいます。この時にはYさんに大変申し訳なかったなと、今も反省しています。
 はじめは年内、あるいは一月中には初稿を上げる、という話だったはずですが、何せ量が書けていません。出版計画を大きく狂わせてしまうことになります。Yさんは一言もおっしゃいませんでしたが、とんでもないご迷惑をおかけしたことでしょう。大変申し訳なかったなと、今も反省しています。
 それでもなんとか再開し、ゆっくりとでも前に進んでいたところに、三月十一日の大震災。金沢ではたいした揺れはありませんでしたが、伝え聞く惨状にすっかり気落ちしてしまい、また筆が止まりかけます。この時にもYさんには大変申し訳以下略。
 五月連休中、が最終的な締め切りということになり、追い込みをかけていたところで、今度はsfさんこと古谷俊一氏の訃報に接し、その日は一日書けませんでした。この時ちょうどYさんから電話があり、泣き言を言っています。この時にもまたもや大変以下略。
 それでも、なんとか初稿を上げ、編集部でのチェック、となります。『日常の小説』の場合、あらゐけいいちさんと、京都アニメーションさんによるチェックもあります。いくつかの指摘事項があり、それを修正して再チェックして頂き……校正、という作業になります。これはおいらも生まれて初めての作業で……やり方がわからない! 何をしたらいいのかはわかるのですが、何を『どう』したらいいのかがわかりません。鷹見せんせーや銅さんに聞いてみるものの、さっぱりわからず……Yさんに泣きつきます。そしたら、お手本をメールで送ってくれました。ははあ、こういう風に書けばいいのか、とわかれば後はなんとか突貫作業で、終わらせることが出来ました。
 すると、あとはあとがきを書く、ということになり……あとがきに使えるページ数は、判組みの都合によって大きく変わるのですね。アレも書こうコレも書こう、と思っていたのですが……
「あ、しーでさん! あとがきは1ページでお願いします!」(メール要約)
 っていわれたときには、ひっくり返りそうになりました。1ページで何をどうしろと!?
「正確には、13行で!」(メール要約)
 ぎゃあああああ!? 減った!? 今さらっと減ったよ!?
 書きたいことを厳選し、文字数も数えながら書いて、それでも2ページになってしまい、仕方ないのでいくつか削って、それでも17行! あと4行を気合いでどうにかし、あとがきを書き上げたのでした。ぜーぜー。
 まあ、そんな感じで、『日常の小説』を無事(?)に書き上げ、八月一日、ついに発売しました。発売の前には『本文をそのまま書いてある』折り込みチラシや店頭ビラを作っていただいたりしました。記念にいただいたので、大事に取ってあります。ライトノベルレーベルでは、あまり見たことのない宣伝のやり方です。麻衣ちゃんのメイド姿や、なのの水着姿でも、よかったのよ……?(ダメです)
 もし在庫の山を築き上げてしまったらどうしよう、と心配していたのですが、なんと増刷がかかり(ささやかですが)、角川書店さんに(これ以上の)迷惑をかけることはせずに、すんだようです。
 また、本に挟んであったアンケートはがきを、結構返送していただいているとも聞いています。わざわざ切手貼って、送ってくれてるんですよね。ありがたいことです。今度Yさんに会ったときに読ませていただこうと思っています。
 一年ほど前には、まさか『著 椎出啓』と入った本を出すことになるなんて、思いもしませんでしたが……いやはや、何があるか、わかんないもんです。


 ……とまあ、以上が、あとがきに書けなかった内容の一部なのですが……あとがきが2ページでも書き切れないじゃないかコレ(笑)