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二次創作『りせっと、りすたーと』

鷹見一幸『リセット・ワールド』の完結を記念して、何となく走り書き。
3巻のネタバレが若干混じっていますが、ご容赦ください。

 1年とちょっと後。


 ふと窓の向こうを見やると、夕焼けの中に赤とんぼが飛んでいるのが見えた。
 街ではあるけれども、もう六年……いや、もうじき七年。人口が激減した街には、とんぼが悠々と飛び交うようになっていた。
「もう秋なのか……」
 慎吾は、そうつぶやいていたことに気が付いて、びっくりした。
 ここ数ヶ月は予定がぎっしり詰まっていて、忙しすぎて。
 今日が何月何日だというのはわかっていても、今がどんな季節になったのかなんて、ゆっくり考えることも出来なかった。
 そういえば、今年の夏は、暑かっただろうか涼しかっただろうか……?
 海水浴とは言わないが、泳ぎに行くくらいの事はしたかったが……そういえば、彼女を連れて遊びに行くという約束をしていたのに、なんだかなし崩しになってしまっていた。しまった。なんで今になって思い出したのだろう。さて、なんと言って弁解したらいいのか……?
『ニッコリと激怒』なんて難しい表情をいとも簡単にする、彼女の顔を思い出して、慎吾はちょっと背筋が寒くなった。
 と。
 そのとき、廊下からドアをノックする音が聞こえた。
 こんこん、ここん。
 このリズムは。
「えーと、代表代理閣下ー、いるー?」
 そういいながら、少し立て付けの悪い扉を開いて、入ってきたのは。
 問題の、彼女……矢上だった。
「えっ、あっ、う、うん」
 思わず、返事がどもった。
 でもよかった。現実の矢上は、想像の彼女のような『難しい表情』はしていなかった。いつものような、自然体の顔だ。
「どうしたんだい?」
「まだ仕事、終わらないのかなー、と思って」
「ええと、あともう少し、かな。って言っても書類に目を通すだけだから、後でも出来るし」
「そうなんだ?」
「うん。後はこれだけ……って、これは……」
「どうしたの?」
「いや……これ、書類って言うか……」
 そう言いながら、慎吾は、未決書類の箱から、それを取り出した。
 白い封筒。
「……てが、み?」
「……封書、って言った方が、正しい日本語、だね」 
 確かに、それは、封書、とでも言うべき体裁だった。
 縦書きに『園山慎吾様』と書かれている。
「へえ? 早速、誰から?」
 早速、と矢上は言った。
 そう。先月、ついに、限定的ではあるけれども、郵便事業が復活したのだ。
 今はまだ戸別配達は出来なくて、各地のコミュニティの本部に設けた郵便局の間でしかやり取りできないが、この封書は慎吾宛ということで、事務の担当が気を利かせてここまで持ってきてくれていたのだろう。
 裏返すと差出人の名前があって、いよいよ郵便らしさが漂っている。
「長沼ケンジ・マユミ、って……だれだろ……」
「心当たりないの? ……ってことは、まさか、郵便爆弾!?」
「いや、それは流石にないだろ……」
 と、相変わらずの矢上の想像力のたくましさに呆れる慎吾。
 だが、そんなに呑気にしてはいられなかった。
「ふせてぇっ! あぶないっ!」
 と、飛びついてきた矢上に、押し倒されたのだ。
 あまりの不意打ちに、避けることも受け身をとる事もままならなかった。
 ごぃんっ、という鈍い音が頭の中に響く。
「ぐっ……!?」
「私が守るからっ!」
 一方の矢上は、そんな事を叫びながら、慎吾に覆い被さってくる。
 むにゅん。
 そんな柔らかい感触に、顔が包まれる。
 ごぃんっ、と、むにゅん、が慎吾の頭を挟み撃ちしてくる。
「な、な……?」
 ごぃんっ、は頭をぶつけたからだというのはわかる。では、むにゅんの方は?
 慎吾が目を開くと、答えはすぐに見つかった。
 暦は秋になったというのに、薄着のままの矢上の、胸だった。
 遠目には男にしか見えない矢上だが、意外やその胸は柔らかいのだという事を、慎吾は実感として知っている。それを今また、まざまざと思い知らされている。むにゅん、は、その感触だったのだ。
「ちょ、ちょ……やが、み……っ?」
「大丈夫よっ、私が絶対守ってみせるからっ!」
「いや、その、おーい……」
 矢上は必死である。必死に慎吾を守ろうと、しがみついてくる。
 床に転がったままで。
 で。
 そのとき。
 こんこん、とドアをノックする音がして。
「しんごお兄ちゃん、お仕事まだー?」
 がちゃがちゃがちゃりとドアを開いたのは、少し背の伸びた、サナエだった。
「おに……いちゃん?」
 その、つぶらな瞳が、床に向けられる。
 床には、慎吾と矢上が。
「……」
 サナエは、ゆっくりと回れ右をして、そおっと廊下に戻った。
「……お兄ちゃんとお姉ちゃんが仲良くしているときは、音を立てずにお部屋から離れなさいって、しょうこお姉ちゃんに、いわれたの……」
 ぱたん。
 サナエは、教えられたとおりに、可能な限り静かにドアを閉めていってしまった。
 藤見さん、サナエになに教えてるんだあっ!?
 横目でその仕草の一部始終が見えていた慎吾は、内心そう叫んでいた。
 そして。
「……」
 どうやら、矢上も、サナエには、気が付いていたらしい。
「……」
 顔を見合わせる、慎吾と矢上。
 お互いの吐息の温度もわかるくらいの、至近距離。
 いつもなら、ここまで近づいてしまうと、お互い照れながら口づけをしてしまったりもする、それぐらいの仲にはなった二人なのだが。
 さすがに今は、そうならなかった。
「ばっ、ばばばばっばばばばばば、爆発、しなかったわねっ!」
「そっ、そそそそっそそそそそそ、そうだなっ、爆弾じゃないようだなっ」
 サナエに思いっきり見られてしまった気恥ずかしさ。プラス、爆弾じゃなかった気恥ずかしさ(矢上限定)。
 二人はそれこそ爆発するようにして、慌てて離れた。
「あ、あははは……」
「あ、あははは……」
 こっちの方が爆弾なんじゃないか、ってぐらいに顔を赤くした二人は、ぱたぱたと手で顔をあおいだ。
 慎吾の手には、まだ、問題の封書があった。
「そ、そういえばっ、誰なの、それっ」
「えっ!? ええとっ……東信濃コミュニティの……あ」
「? 何か思い出した?」
「東御で、不時着したときに最初にあった、あの二人だ」
「不時着したとき?」
「ああ、言わなかったっけ?」
 そう言われて、矢上は少し赤みが引いてきた頬を、ぷう、と膨らませた。
「……聞いてないわよ」
「え、何でそこで拗ねるんだ?」
 どうにも矢上の変化が腑に落ちない慎吾。
「……だって、藤見さんとグライダーで飛んだときの事って、私、話してもらった事ないし……あの狭いグライダーのなかで二人っきり……やっぱり落ちちゃえばよかったのよ……」
 小声でブツブツつぶやく矢上。その内容は、あいにくと慎吾に伝わっていなかった。
 出会ったばかりの頃であれば、なにブツブツ言っているんだ、とか問いただしていたところだが、さすがに今は、この状態の矢上にそんな事言えば、ますます拗ねてしまうに違いないって、わかり始めた慎吾だった。
 矢上を気にしながらも、封筒を開いてみる事にする。
「あ……カミソリとか入ってない?」
 そんな事を矢上が言ったりもしたが、封筒には、なんの仕掛けもなかった。
 中には、一枚の便せん。


園山慎吾様


お久しぶりです
って言っても、憶えてないかも知れないですね
東御にグライダーで降りてきたときに、最初にお会いした、ケンジです


 手紙の書き出しは、そんな感じだった。


あの熊谷での戦争の時、俺、東信濃の義勇軍に入っていました
だから、園山さんがどれだけがんばっていたか、知っています
あと、ええと、その、ご結婚、おめでとうございます


 この段落を読んだとき、となりで一緒に読んでいた矢上は、悲鳴を上げた。
「うそっ、この手紙の人も、アレ聞いてたのっ!?」
「……そうらしいな」
 悲鳴を上げたいのは慎吾も同じである。
 いまだに『ラジオで関東一円にプロポーズを轟かせた男』と呼ばれるのだ。


俺、あのとき15歳だったから、まだ戦闘部隊に入れなかったけど、志願して、熊谷にいったんです。
志願兵になれば、畑とかもらえるし。
あ、もうちょっとしたら、俺の畑で採れたリンゴ、送ります!
郵便局の人に聞いたら、園山さん宛になら、送る事も出来るだろうって言ってくれてたから


「信州のリンゴ!? 送ってもらえるの!?」
 喜色満面の矢上。
 信越線と上越線が動くようになって、いろいろな食べ物が手に入るようになったが、果物はなかなか手に入らない。東信濃のリンゴは、非常に人気が高いのだ。


あと、園山さんは憶えていますか
初めて会ったときに、俺と一緒にいた、女の子の事
ええと、その
俺も、家族が、二人、出来ました
一人は、今までも、妹みたいなものだったから、なんか、あらためて家族、って言うのも、変なんだけど
ラジオで園山さんがいっていたのを、真似させてもらいました
家族にならないか、って、言いました
そしたら、うんって言ってくれて


「……とんでもない事、ラジオで流しちゃったわね、私達……」
「……まさか真似されるとはね……」


あともう一人は
ええと
子供です。子供、生まれました
こうやって親になるなんて、思ってもみませんでした
でも、今は、精いっぱい、親やります
松本から来た、農業指導の人も、そうしろって言ってくれました


「こ、子供っ!?」
「じゅ、15歳だったって、書いてあるわよねっ? ってことは、今16か17って事で、私達より、年下よねっ!?」
「いや、そうだけど、しかし、子供作る事は、できる、だろ」
「そっ、そりゃそうだけどっ!」


これからも、ときどき、手紙送っていいですか
送らせてください、お願いします
あと、リンゴは、楽しみにしてて下さい
それではまた


長沼ケンジ


「……」
「……」
 便せんに書かれていたのは、その程度の、短い文面だった。
 だが、読み終わった後、慎吾も矢上も、しばらく黙ったままだった。
 何も言えなかった。
 ちょっとすれ違っただけの二人が、自分たちの一歩も二歩も先に進んでいる事に、圧倒された。
「……びっくり、したわね」
「……びっくり、したなあ」
 なんとか、そう言う事が、出来た。
「……リンゴ、楽しみね」
「……楽しみだなあ、リンゴ」
 夕日がゆっくりと沈んでいく。電気が使えるようにはなったが、まだまだ夜は暗い。
 少しずつ、便せんに書かれた文字も、読みにくくなっていく。
 二人は、しばらく、黙って暗くなっていくのを見ていた。
「……家族」
 ふと、矢上が、ぽそっとつぶやいた。
 それに返すように、慎吾もつぶやく。
「……増えても、いいな」
 二人の手は、暗がりの中、そっと繋がれていた。


おわり。