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『エイプリルフール。』

掌編

「ヒダあ……ウチ、ヒダのことが、好きねん!」
「……まあ、一晩考えたんだろうけど、出来はイマイチだな、その嘘」
 そう返事をしてやると。
「う、嘘やないよ!?」
 イナバは半泣きの表情で、叫んだ。
 今日は四月一日、四月馬鹿。


「ほ、ほんまやってば! 嘘やないねんよ!?」
「嘘をついているやつは、みんなそう言うんだ」
 三月の下旬から、やたらと暖かい日が続き、桜はもうすでに咲き誇っている。
 それなのに今日は寒が戻ったらしく、肌に冷たい風が吹きすさんでいるのだった。
 そんなわけで。
 せっかく咲いた桜の花びらが舞う中、俺はすたすたと学校への道を急いでいる。
 その後ろを、
「嘘やないねんてえ!」
 やかましく叫びながら、イナバがついてくる。
「ホントにホント、ホンマねんてえ!」
 イナバの喋る『言語』では『ホント』と『ホンマ』、どちらも使う。なんだそりゃ、とはじめは思ったのだが、最近は、慣れた。
「もうね、ウチ、ヒダのことが好きで好きで、ウチはせつなくてヒダを想うとすぐによい子は見ちゃらめええ、なことしてもうげん」
「なんだそりゃ。詳しく説明してみろ」
 何処のエロゲだ、と思って、説明を求めてみると。
「あ……」
 イナバはぴたっと立ち止まり、あー、とか、えー、とか唸ったあとで、
「こ……コレは、嘘やねん」
 顔を赤らめて、そう言った。なんだそりゃ。
「で、ででで、でも! ウチがヒダのこと好きなんは、ホンマねんよ!」
「あー、はいはい」
 判った判った。俺は手をひらひらさせて、もういいという仕草をして見せた。
「ホンマにホンマで」
 今日のイナバは結構しつこい。そこで。
「ああ、そうだな。俺もイナバのことが好きだ、大好きだ、愛している」
 棒読み口調で、そう俺が返すと。
「え?」
 イナバがいつにも増して間抜けな表情をした。
「好きで好きでたまらないんだ」
 トドメ。もちろん、棒読みだ。
「うえ!? うえええええ!?」
 変な悲鳴のような声を上げる。『e』の音ではなく、『we』の音だ。
「好きすぎて、いつも婚姻届を持ち歩いているくらいなんだ」
 棒読みでそう言って、鞄の中をごそごそ探る仕草をすると、
「そ、そんなん、ウチどうしよお? 料理は下手やけどがんばるよ、お味噌汁だって毎日作るしい、白い壁のお家がええかなあ、んでもって子供は二人、ううん、がんばって三人がええなあ、きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
 どうやらキャパシティを越えてしまったらしく、壊れたことを言い始めた。
「お姉ちゃんがええよね、ほんで下二人が男の子げん。庭に花壇作って、天気のいい日はみんなでお花を植えるげん〜〜〜〜♪」
「おーい、そろそろもどってこーい」
 両頬を左右に、ぐいーっと引っ張ってやると、
「ふぁふぁふぁふぁ?」
 ようやく我に返ったらしい。指を離すと、結構柔らかかった頬がぷにょにょん、と元に戻った。
「ねえ」
 ぷにょにょんの頬を何度か揉んで、イナバは真面目な顔をしてこう言った。
「男の子と女の子、産み分けるんにはどうすればいいげんろ? 体位でかえられるって聞いたことあるげんけど、ホンマけえ?」
「知るかバカタレ」
 どうやらまだトリップしているようだ。もう一度頬を引っ張ってやる。今度は手加減なしで。
「ふひゃいふひゃいひい〜」
 半泣きみたいだが、手加減はなしだ。
 我慢できなくなったか、俺の腕をぱんぱんとタップするまで、思う存分引っ張ってやった。
「酷いうぇー」
 くすんくすんとすすり泣きしながら、イナバ。
 しかし、言って良いことと悪いことがある。
「ホンマにウチのこと好きなんけえ?」
「さあてな」
 そう答えて、俺はさっさと学校への道を急ぐ。
「ああー、待ってえ。どうなんけえ? 答えてまあー」
 そう言いながら、イナバは俺のあとを追いかけてくる。
 そんなこと、答えられるか馬鹿野郎。


「……夢か」
 むっくりと起き上がると、部屋に朝日が差し込んでいた。
 微妙な夢だった。
 実に、こう、なんというか。
 恥ずかしい夢だ。
 時計を見ると、いい時間だった。顔を洗って、着替えて、朝飯を食ったら約束の時間だろうか。
 春休みだというのに、俺はイナバに呼び出されていたのだ。
 買いたいものがあるから手伝え、とか言っていた。
 面倒だが、まあ、どうせすることもないしな。


 待ち合わせは、学校に行くときと同じ、五枚町の電停だった。ここの近くには桜の木が植えてあって、風の強い今日は、花びらが舞っている。
「ごめんごめんー、遅なったあ」
 ぱたぱたと走ってくる、イナバ。私服のイナバは、残念ながら、いつものように色気がなかった。
「考え事してたら寝坊したあ」
「ない脳みそで考えるなよ」
「酷いなあ」
 ぷう、と頬をふくらませるイナバ。よくふくらむ頬だ。
「でもいいげん。だって……」
 そう言うと、イナバは、こらえているんだけど我慢できない、といった風に笑みを零して、
「ヒダあ……ウチ、ヒダのことが、好きねん!」
 ……
 腕時計のカレンダーを確認する。
 今日は四月一日、四月馬鹿。
 間違いない。
「……まあ、一晩考えたんだろうけど、出来はイマイチだな、その嘘」

おしまい。

『ある雪の朝。』で出てきたイナバとヒダがふたたび登場。エイプリルフールに嘘はつかないと誓ったので、掌編を書いてみた。