『一目惚れ』習作

#もの書き で、かけるくんの書いた話を、みんなでよってたかってリライトするという話が持ち上がった。
なんてコトするんだ。

で、椎出も書いてみましたよ。



「エー、内回りの列車が入りますー白線の内側までーおさがり下さいー」
 そんなアナウンスが流れる、夕暮れ時の立体交差の高架駅。

「これ、落としたでしょ?」
 と。
 彼は、にっこり笑って、私を見ていた。
 差し出された、チョークで少し汚れた私のよりも、ずうっと華奢な手には。
 上半身はだかの美少年が、もう一人の美少年を背後から抱きしめている表紙の文庫本が。
 それを、ばっちり表に向けて私に差し出す。
 な。
 なんて。
 ものを。
 なんてものを見られてしまったの。
 かーっ。
 自分でも判るくらい、勢いよく、頬が赤くなる。頭に血が上る。
 ろくに顔も見ず、彼の手から文庫本をひったくると、私はお礼も言わず、とっとと逃げ出した。
 ばくばくいう心臓を無視して、早足で階段を下りた。二段飛ばし、三段飛ばしで。
 隠れるように人と人の間をすり抜けて駅の連絡通路を進む。
 というか、走る、走る、走る。
 家に帰ったら明日のテストの準備しなきゃ。
 ううん、そのまえに着替えて、晩ご飯つくって。昨日の、サンマ。おいしかったなぁ。今日は何にしようか?
 シャワー浴びて、それから今日買い込んだ同人誌読んで。そうじゃなくってテストよテスト。ちゃんと準備、しなきゃ。お仕事、ちゃんとしなきゃね。
 でもその前に、買った本の整理ぐらいはしなきゃ。夏コミで買い損ねたあの本とか、今日発売の新刊のあの本とか。
 ……あの本。
 彼の手からひったくった、あの本は、はだかのまま、私の手に握られていた。
 ばっちり表の方を向いて。
 私は、自動改札に定期券を叩きつけ、逃げるように駅をあとにした。
 ちらり。
 振り返ってみる。
 ……追ってくるわけないのに。
 小説じゃないのだ。
 いや、私の知っている小説だと、追ってくる方も追われる方も、男の子なんだけど。
 私みたいな女を、わざわざ追ってくるわけ、ない。
 もう一度、振り返る。
 おいおい。
 なに振り返っているんだろう、私は。
 なに期待しているんだろう、私は。
 やっぱり、彼は、追ってきていない。
 それを確認して、私は、もう一度、駆けだした。
 文庫本を握っている、この手には、彼の華奢な指の感触が、残っている。
 そう思うと、なんだか、さらにドキドキしてきた。
 駆けているから、だけじゃない、ような気が、する。
 あの、指の感触が。
 あの、笑顔が。
 ヤバい、頭から消えない。


 私は、このとき、彼に一目惚れした。


#もの書きhttp://www.cre.ne.jp/writing/IRC/write/2005/09/20050927.html#170000にて。