『27センチのメイドさん』

「どうだ、萌えるだろうっ!」

「どうだっ、って……それ、クサカンムリのほう?」

「ヒヘンだったら困るじゃないか」

 そんなことを言って、セーイチがあたしに見せたのは、身長27センチの『ドール』だった。

 ドールというのは……えーと、よーするに『ちょっとリアルで色々と改造できるリ○ちゃん人形』だと思えば、いいみたい。あたしも、あんまりよく知らないのよね。最近人気あるらしいけど。

 で、あたしの、そのなんだ、彼氏であるところのセーイチは、その、ドールづくりに最近はまったらしい。見事に。

 うう、オタク同士の恋愛だから、そーいう事もあるだろうけど……彼氏がリ○ちゃん人形持って喜んでる姿っつーのは……主にイラスト系(鎖骨とか出てて、ちょっとエッチな男の子の絵♪)のあたしには……うう……目の前にいるあたしの下着はどーでもよくて、自分の作ったドールの下着は随分凝ってるじゃない……

 状況説明すると。

 ここはホテルで、あたしとセーイチは、まあ、なんだ、そのー、えーとー……

 とにかくっ!

 お布団の中で、話してたとこ。

 ほどよい気だるさの中、あんまり厚くないけど、感触の大好きなセーイチの胸元にすりすりして。

 そしたら、セーイチってば突然思いついたように

「そう言えば見せたいものがあるんだっ」

 とか言いだして。

 見せたのが、今の、人形。

 ……はぁ……

 デートに普通、ドール持ち歩く?

 そんなごく当たり前な疑問を口にしたら、セーイチは

「途中でホビーショップに寄っただろ? あそこのマスターに見てもらおうと思っていたんだ。あいにく、外出中でバイトしかいなかったけどね」

 とか、のたまった。

 なんかどっと疲れがでたような気がして(その前に、ホテルに入ってすでに充分疲れたんだけど)お布団の中で、あたしはセーイチが言うことに、てきとーに相づち打っていた。

 セーイチはひとしきり、ここのパーツがどーしただの、この下着がどーしただの……アタシが今日あたらしい下着だったことは、てんで気がついてないクセにっ!

 さすがにちょっとむかついてきたんだけど、セーイチは、そこで、不意にあたしの顔に視線を戻した。

「な、なによ?」

「……妬いてる?」

 ……

 さすがになにも言えない。

 こういう心理状態を、妬いているといえば、妬いているんだろうけど。

 そんな色男ってワケでもないんだから、気障なセリフ吐かなきゃいいのに。

 ……ちょっと、ドキッとしたけど。

「でさ、ワタルに頼みたいことがあるんだよ」

 ワタル、というのはあたしのペンネーム。本名はもっと女の子らしい名前なのだが、セーイチはあたしをペンネームで呼ぶ。

「目をさ、描いて欲しいんだ」

「は?」

 まあ、たしかに、このドールには目が描かれていない。もう描いてある『既製品』のドールの頭ってのもあるらしいんだけど、セーイチはこのドールは、全部イチからつくることにしたんだそうだ。

 でも、だったら。

「自分で描けばいいのに」

「でも、俺に絵の才能が全然ないのは、知ってるだろ? だから、よろしく」

 あっさりとセーイチはそう言った。

 うー……人形の目って……

 正直、現実の彼女よりも注目度が高い下着をつけている、この人形に、あたしは妬いている。

 そりゃ、人形は彼女じゃないし、あたしは彼女だ。

 だけど、なんか納得行かない。

 けれども。

 結局あたしは、下手をすると人形よりもきらきらしているセーイチの懇願の瞳に負けて、ドールの目を描くことを引き受けたのだった。

 で、翌日。

 あのあとセーイチったら三回も、その……

 とにかくへとへとの状態で。

 さっそくあたしは、作業に取りかかった。

 最近は下書きも含めて全部パソコンでやっていたので、押入の中にしまってた画材をごそごそと取り出して。

「えーと」

 描こうと思ったのだけど。

 10分ほどドールを持ったまま考えて、あたしは、筆を片づけなおした。

 だって。

 まともに筆を持ったの、三年ぶりだよ!?

 しかも、ミスったらホワイトで修正ってワケにもいかないし!

 というわけで、あたしは、デカールでやることにした。

 ところが、次の日は仕事がえらいことになってて。

 結局、残業。しかも、午前様!

 誰よ、帳簿の数字、三桁間違えたのは……

 これで、明日も仕事があって……うう……

 さらに翌日。

 眠い目こすって、仕事が終わってから(しかも残業!)、閉店ぎりぎりの時間に近所のでっかい電器屋に飛び込んで、インクジェットプリンタ用のシールになっている専用紙を買ってきた。これにパソコンで描いた目を印刷して、カッターできれいに切り取って、貼り付けるのだ。これなら、いくら失敗しても、やり直しできる。こういうのを、アイデカールというのだ(と、Googleで検索したドール入門サイトには書いてあった)。

 目を描くソフトは、最近使い方になれてきたIllustratorを使う。Photoshopの方が慣れてるから楽なんだけど、こっちの方が、綺麗に出来そうだし。

「えーと、確か、メイドさんにするっていってたわよね」

 セーイチの考えてるメイドさんって、どんなのなんだろ?

 最近流行の、ちょっとドジだけどすごくマジメで『えっちなのはいけないとおもいます』とかいうんだろうか。

 それとも超ミニのスカートにガーターベルト付けて、胸なんかぱっつんぱっつんで『御主人様ぁ……お仕置きしてくださぁい……』とか……

 うう。

 そんなのに興奮しているセーイチを想像して、なんだか、想像した自分に嫌悪感。

「……ってゆーか、服もいっしょに預かってきたんだっけ」

 セーイチから預かった紙袋の中には、膝丈までのスカートや、フリルがいっぱいついたエプロン、同じくフリルのシャツ、胸元を少しだけ強調させるデザインの上着がきれいに畳まれていた。もちろん、人形サイズ。小さなビニール袋には、黒いローファーや黒縁の眼鏡(なんとレンズが入っているのよ!)。

「うーん……」

 ……そして、レース地の、ガーターベルト、お揃いの下着……

「……そっか、やっぱりそーいう趣味か……」

 やっぱりアレなのかな、ガーターベルトが好きなのかな……セーイチ……

「……今度、買ってこよう」

 もちろん、自分用の。

「……じゃなくってっ!」

 ぶんぶんぶんと頭を横に振って、ガーターベルト『だけ』の姿で『女豹のポーズ』をとって、セーイチにニヤリと微笑む自分のヴィジュアルを、頭の中の一番上の左から三番目の棚に押し込んで、新規作成コマンドをキーボードショートカットで実行する。

 黒縁の眼鏡かぁ。

 眼鏡ッ娘にするってことだったら、よくあるのは、タレ目よね。そばかすなんか付けたら、もう最強。

 でも、なんか、それはイヤだなぁ。

 あたしが、どっちかっていうとツリ目っていうのもあるけど、タレ目って、なんか、キライなのよね。

 ツリ目の方が、かっこいいじゃん。

「つーわけでー、ツリ目にけってーい……」

 タブレットのペンをすいすい動かして、左目の下書きをつくる。主線をブラウンで描いて、左右反転したデータもつくる。これで右目もオッケー。

「瞳の色、どうしようかなぁ」

 つい、とドールの方に視線を動かす。腰までの、コバルトブルーの髪。

「……同じにしよ」

 オッドアイ(左右で違う色の瞳)もおもしろそうだけど、描くのが面倒くさいし。

「ちょいちょいちょい、と……はい、できあがり」

 こんなにお手軽でいいのかしら、ってカンジで、目は出来上がり。

 念のために保存してから、目の大きさにサイズを合わせて、印刷開始。

 CD-Rのディスクに直接印刷できるっていうんで、冬のボーナスで買ったエプソンのプリンターが、ぐいぐい動き出す。コミケのCG集の時は、フル稼働したわよね……

 程なく印刷完了。前のプリンターに比べたら、すごく速い。

 これをカッターで綺麗に切り抜いて……

「あ」

 ……失敗。左目がまっぷたつになっちゃった。

「だって、小さすぎるわよ、これ」

 ブチブチ文句言いながら、もう一回印刷。今度は失敗してもいいように、A4の紙いっぱいに、目をたくさん印刷する。

「……うわ、気色悪い」

 コバルトブルーのツリ目が、あたしをギロギロギロって睨み付けてる。

 さっさと切り抜いて……

「ぺたり、ぺたり、と」

 綺麗に貼り付けて、これで完成。

「……ふー……魂抜けそう〜……」

 こうやってみると、結構可愛く仕上がった。

 顔は綺麗な卵形だし、髪と瞳のコバルトブルーも、かなりぴったりだ。

「……ナイスボディよね……」

 人形だから硬いけど、スリーサイズは結構羨ましいバランスなんじゃないかと思う。胸はあたしの方が大きいけど、腰が……セーイチ、エッチのとき、腰を掴みたがるからなぁ……って、そーじゃなくってっ!

「ま、これでいいか。おしまいおしまい……ふぁあ〜あ……」

 とりあえず、ドールをタブレットの上に置いて、あたしはトイレに行こうと思って、椅子から立ち上がった。

 と。

「くちゅんっ」

 おっと、風邪かな……って。

 待て待て、今の、あたしじゃないぞ。

 あたしんち、ワンルームマンションだし、あたし、一人暮らし。両隣は空室。セーイチは、今日は来ていない。

 じゃ、誰よ?

「……泥棒?」

 振り返る。くしゃみのした方向。

 目の前に、パソコンのディスプレイ。

 もう少し視線を下に。

 キーボード、マウス、タブレット。

 そして、鼻のあたりをもぞもぞしている、ドール。

「え?」

 ドールが、むくりと起きあがって、目をぱちくりさせた。

 あたしも、目をぱちくりさせる。

 うう、幻覚かなぁ。

 でも、そうじゃなかった。

 ドールは立ち上がり、腰に左手を当てて、右手をこちらに向け、あたしを指さして

「手抜きしないで下さいッ!」

 と、叫んだのだ。

 そこで気絶しなかったのは、大したものだと思う。

 だって、どう考えてもおかしいもん。

「酷いじゃありませんか!」

 って、ドールがあたしに抗議してるもん。

「何が酷いっていうのよ!」

 それに言い返しているあたし。

 うう、正常じゃない。今度精神科行かなきゃ。

「だってそうでしょう!」

 ドールは怒りの表情で、叫ぶ。何でさっき印刷したばかりのシールのツリ目が、藤島康介の描くような逆三角形になってるんだろう。

「画竜点睛というでしょうっ! 人形の目には魂がこもるんですっ! そんな重要な部分を、シールだなんてっ! 『ま、これでいいか』だなんて! そんなことじゃ、こもる魂もこもりませんっ!」

 ドールは熱く叫ぶ。まさに魂の叫び。

 ……?

「でも、こもってるわよ、魂……」

「……ああっ!?」

 あたしの(意外なほど冷静な)ツッコミに、一瞬きょとんとしたドール、一転して頭を抱える。

「何でこんないい加減な瞳なのに、魂入っちゃったの、私!?」

 おお、苦悩している……

「どーしてくれるんですっ! 責任とって下さいッ!」

 おお、抗議している。

 でも、責任っていわれても。

「どーしろっていうのよ……?」

 これは異常事態。今すぐ警察なり消防署なりを呼ばなきゃ。頭のどこかがそう絶叫しているんだけど、実際には、あたしは随分と冷静に、この事態に対応していた。

 いや、でも、頭の中、ぐちゃぐちゃなんだけども。

「責任といえば、決まっていますっ!」

 びしっとあたしを指さして、ドールは

「雇って下さいッ!」

「……は?」

 今度は、さすがに止まってしまった。

 なんか、すごい論理の飛躍があったような気がする。

「私はメイドとしてつくられたんですっ。あなたが魂入れなければ、ごくごく普通にメイドさんドールとして人生を送れたのにっ!」

「ドールの場合も『人生』なの?」

「言葉のあやですっ! あなたが、口から魂抜けそうな状態で私の目をつくるから、こぼれた魂が私に入ってしまったんです!」

 魂って、こぼれるものなの?……とか思ったけど、まあ、たしかに魂抜けそうなほど疲れてたのは、事実。

「まあ、とにかく……今の状態があたしのせいで、それは、あなたが望んでいたわけじゃないのね?」

「あたりまえですっ! せめてもうちょっとまともに魂こめるならともかく!」

 む。

 なんか、ちょっとむかっときた。

「ちょっと。さっきから、なによ、酷いとかまともじゃないとか! あたしは自分に出来る精一杯で描いたのよ!? ……そりゃまあ、大量生産したけど……」

 ちょっと語尾が弱くなったけど、あたしは、自分の実力を出し切って、ドールの目を描いたのだ。

 なのに、何で本人(?)から文句言われなきゃならないんだろう。

「それにしたってもう少しっ……は、は……」

 また叫ぼうとして、ドールは、鼻のあたりをむずむずさせて……

「はくちゅんっ!?」

 なんだか可愛いくしゃみをした。

 そういえば、ドール、裸のまんまだっけ。

 とりあえず、ドールのくしゃみが止まらないので、服を着せることにした。

「自分で着られます」

 というので、下着から順に手渡してあげると、たしかに、器用に着付けていく。

 リボンやらなにやらもうまく結んで、眼鏡かけて、最後にローファーを履いて、マウスパッドの上でとんとんとつま先を打ち付ける。

 すると、目の前には、身長27センチのメイドさんドールが現れた。自分で歩くし喋るけど。

「……まあ」

 人心地ついたのか、ドールはあたしの方を向いた。

「こもってしまった魂は、どうしようもないですから」

 少し冷静になったみたいだ。

「さっきは、少しヒステリー状態だったようです。まさか自分に魂がこもるなんて、思っても見ませんでしたから」

「そりゃ、ふつー人形はそんなこと考えないわよねー……」

「たしかにおっしゃるとおりです」

 そういって、ドールは、あたしをじっと見つめた。

「でも、こうなった以上、私はメイドらしく生きたいのです」

「はぁ……」

「ですから、お願いです。私をメイドとして雇ってください」

「雇うっていわれても……」

「人形ですから食費はいりませんし、水道代光熱費もほとんど不要です。服飾費は……ドール用のものは高いので、少々かかるかも知れませんが、自分で繕い物をしますから!」

 さっきまでの激昂とはうって変わって、ドール、懇願する。

 でもなぁ……

「あのね、あたしは目を描いただけで、あなた、セーイチが買ってきたのよ?」

「セーイチ……あなたの恋人の方ですね?」

 ……なんか、改めて恋人っていわれると、照れるなぁ……

「ですが、魂をこめたのはあなたです。どちらかというと、あなたに雇っていただく方が自然です!」

「力説されても……それに、あなたって呼ぶの、言いにくくない? ええと、ワタル、でいいから」

 何となく、ペンネームを名乗る。

「ワタル、さま……判りました。ペンネームでお呼びすればいいのですね。それではワタルさま。後生ですから雇ってください」

「後生って……」

「ここで雇っていただけないのなら、ここから飛び降りて死にますっ!」

 そう叫んで、ドールはOAラックの端っこギリギリのところにつま先立ちで立って、指を胸のところで組んで、目を閉じた。

 うわ、本気だ!

「ちょっと待って! ここで飛び降りられても困る! あなたが壊れたらセーイチにまたドジッ娘って言わ……って、ああっ!?」

 そういった矢先、ドールはつるんと足を滑らせ、落っこちる。

 慌てて手をさしのべて……ナイスキャッチ!

「……ふー……」

 何とかドールを拾って、一息。

「……わかった。判ったから、もう飛び降りなんてしないで。偶然にしろ本意でないにしろ、せっかくの命なんでしょ」

 そういうと、ドールの目がうるうるっとした。ひえ、涙も出るのね。

「ありがとうございます、ワタルさまっ!」

「ん。で、あなたの名前は? あなた、じゃ、あたしだって呼びにくい」

 そう聞くと、ドールはあたしの手のひらでもじもじとして

「その……ショーコ、です……セーイチが、私の髪を植毛しながら、そうつけました」

「あら……」

 せ、セーイチってば……

 なんで人形に、あたしの名前つけるのよ……

 こーして、あたしのうちに、身長27センチのメイドさん、ショーコがやってきた。

 セーイチにこのことを話したら、

「そ、それは……なんてうらやましいっ!」

 と、本気で叫んだ。

 ので、あたしは、思いっきりひっぱたいてやった。

 だって、なんか、むかついたんだもん。

 で、お詫びとしてセーイチには、ショーコの服とあたしの服を、それぞれ一式、買わせてやった。

 あと、あたしにはガーターベルトも。

 でも、それはショーコには秘密だ。

おわり